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月別アーカイブ: 7月 2003

iGesture弊社内で大ブームのhuman interface、Finger WorksのiGesture。

タッチパッドのような、ポイントパッドのような、でもこれまでのどのポインティングデバイスとも異なっているようだ。数々のホットキーが見事に「手振り」に適合している。クリック、ダブルクリック、ドラッグは当然のことながら、戻る、スクロール上下左右、Refresh、カット、コピー、ペースト、タブ、Findなど、マウスの一挙動だけでコントロールできないものが、「ひょい!」と。

コピペ!この画像はコピー&ペーストの手振り。実際にやってみると、マウスと、一部のキーボードの機能を指使いだけでできるというのはこんなに面白いものかと感動中。およそ機能に慣れるまで1時間くらいで十分。1日あれば、手放せなくなってしまった。日本語での情報としては、Impress、ZDNetあたりの面白いもの発掘系のニュースサイトがとりあげたくらいで、個人が使っているのをあまり聞いたことがないが、とうとう社内の人間のblogばかりが上位に来ているような…(笑

さて、、、どうしたものか。

iGesture – FingerWorks

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Jazz大御所3人組のケニー・バロン[Kenny Barron](p), ロン・カーター[Ron Carter] (b), ビリー・コブハム[Billy Cobham] (ds)から成るトリオ。2001年に、デンマークとノルウェーでライブを演ったのがレコーディングされたCDは、輸入版(In & Out Records:IOR77045-2)としてしか手に入らない模様。この7月に日本全国を行脚してそれぞれにステキな夜を演出してまわった。

このトリオは、パワードラムで知られたコブハムのプロデュースとなっているが、思いのほか調和のとれたアレンジとなっている。3人とも大型体型の黒人なのだが、時に力強く、それでいて繊細な音を奏でる。ケニー・バロンの軽やかなピアノは、強いフットワークで知られるビリー・コブハムが小気味良く決めてくるドラムに、ロン・カーターのプッシュ感のあるベースの上で踊っている。選曲は、スタンダードのヒットチャートのような有名曲ばかりで、それぞれ見事なアレンジの中でのソロ回しも気持ちよく聴ける。

ただ、このメンバーでなら、もっとやれるはず、もっと熱い演奏を聴きたかった、という声もある。それはそれで的を得ているように思う。各々のメンバーのソロアルバムを聴いたあとにこれを聴くと、なんかまるっと優等生な演奏をしているなあ、と。でも、実際のライブはそれなりに茶目っ気のあるものだったよ。

要するに、Jazzなんだもの。演奏するほうも聴くほうも、お好きなようにということで、ね。

以前には「探偵ナイトスクープ」(関西系番組)で、また、本日の番組「トリビアの泉」でも特集されていたこの人物、古庄紋十郎。日本刀でも携えていそうな、なんとも哀愁の漂う日本男児らしい名前だ。しかし、その名前は、少年時代に録音されたあるレコードによって、まさに同年代の子供たちによって連呼されることになった。

男性ならほとんどの人が覚えているのではないだろうか。声がでなくなったり、かすれたり、という変化。そして、かわいい声がおっさんっぽい声へと変化してしまうのだ。どれほどの美声も、だれもが直面する変声期によって、なにがしかの変化を強いられる。ソプラノからテナーに変化する、なんてなだらかなものではないところがやっかいだ。

その様子を録音した、NHK制作のドキュメンタリーレコード、「変声期」。昭和35年当時東京放送児童合唱団員であり、ボーイソプラノの美声の持ち主だった古庄紋十郎に、12歳から15歳までの「声変わり」を見事に記録している。「シューベルトの子守唄」を歌う声は、最初は透明感のあるボーイソプラノ、徐々にハスキーが少し入り、歌声としては聴くにつらい時期を経て、やがて低めの声へと変声していく模様を時系列で聴くことができる。

大多数の子どもが変声期を迎えるのはちょうど中学生の時期だろう。思えば、中学校の音楽の授業では歌のテストがあった。声がでない日には、歌うのがいやだなあと思ったような記憶がよみがえってきた。声が高い音へぜんぜん伸びなくなった友人の歌声を笑ったりもしたかもしれない。先生(小倉千賀子先生)は、親切な人だったから、その上手下手だけではなく、その成長ぶりも観察していて、それでこの「変声期」を皆に聞かせたのかな。

中学校の音楽の先生という立場は、実に、成長に伴う変化の大きな時期に、精神的、身体的な変化を観察するのに、かなり良い位置にいるように思う。私は、中学での音楽の授業中にこのレコードを聞いたが、わたしを含め、少なからぬ人間が、この古庄紋十郎のモノマネをしていたように記憶している。まあ、良く言えば、ある程度の不安緩和には役立っていたということかな。この歌のせいで授業中の居眠りが多かったなんてことはあるまいな。

「昭和○○年、○月○日、古庄紋十郎。ね〜むれ〜、ね〜むれ〜♪」

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okdtのWeekend 80’s #1:

その昔、「オーケストラヒット」というSEが流行った時代があった。擬音語で表現しにくいが、無理に表現すると「だっ!」「ひゃ!」という感じかしら。本来のオーケストラでの、指揮者のタクトをだん!と振り下ろしたときの、「全員で一撃(ヒット)」という音。それをシンセサイザーなり、サンプラーで再現する場合には、厚みを増すために、ストリングスだけのヒットに加えて、打楽器やブラスも混ぜちゃったり。

YESというバンドは、この曲で骨太のロックギター、リズム隊とファルセット気味のボーカルの始まる直前に、この「オーケストラヒット」を使っている。「ひゃ!」という一発で全体が引き締まる、効果的かつ大胆なアレンジだ。他にもSEをいくつか使っているのだが、わたしに言わせれば他の効果音は必要ないかもね。ギターソロの前の「オーケストラヒット」の上昇連発、「ひゃ!ひゃ!ひゃ!ひゃ!ひゃ!」の後ろでボーカルが吼えているのは結構笑えるが。

10代のコピーバンド小僧がこの音をリアルに再現するのは大変難しく、当時はKORGのM1あたりに入っている、若干しょぼいオーケストラヒットにRolandのJUNO-106のブラスを重ねて使うと、らしくなったっけな。

不器用な恋に一喜一憂する世代に共感を呼ぶ歌詞でもあるんだな。当時は不器用すぎて気付かなかったけど。ははは。

Owner of a lonely heart, owner of a broken heart♪

YES ロンリーハート[amazon.co.jp]

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1968年生まれのわたしは、小学校6年のときに1980年を迎えたんだな。ふと、小学校の同級生に、剣道家で洋楽好きな梅田くんと、背の高いなんとかさんという方(すごい背の高い女の子。名前、なんだったっけ…山本さんだっけかな?)がわたしへの寄せ書きに洋楽、ロックの良さについて書いていてくれたのを思い出した。

 当時、わたしは、小学校4年くらいからはまっていたYMOに首ったけ。すでに結構な枚数のレコードを持っていた。放送委員長を務めていたのもあり、音楽やその機材には精通していたほうだと思う。昼休みの放送でよくYMOをかけたものだ。同年、Duran Duranが結成されていることなど知る由もないほど平和でのどかな小学生時代であった。

中学校に入り、ますます楽器への関心は高まり、シンセサイザーいじりたさに楽器店によくこもった。そのうち、ドラムをむしょうにやりたくなった。なんとなく聴いていた稲垣潤一とか、オフコースのドラムがかっこよく見えたというのもあるかもしれない。

 受験勉強のピークへと登りつめるのに比例して、ラジオへの依存度も高まった。毎晩11時を過ぎたころのジェットストリーム。YMOから徐々に守備範囲は広がり、冨田勲、ヒューマンリーグ(Human League)、クラフトワーク(Kraftwerk)、と続き、そして次第に洋楽ヒットチャートへ。土曜の午後のFM大阪による洋楽ヒットチャート、あとは深夜番組のベストヒットUSAなんかもチェックしていたような。

受験勉強で煮詰まった頭が、音楽を聴きながら星新一などを読むとほぐれていくのをよく感じたものだ。そう、やっと、電子音、SE(sound effect)が、単に好奇心のための追求だったものが、精神安定剤としての効果へと変化してきた頃だと思う。

 そのラジオをエアーチェック(懐かしい表現!)したテープに入っていた曲から、CASIOPEA(カシオペア)というバンドを知った。初めて聴いた曲は「Looking Up」。この曲と、これまたナイスな「ASAYAKE(朝焼け)」を含むアルバム、「Photographs」は、なんともdandy、noble、duzzling(まさのそのタイトルの曲もある)な作品だ。

13,4才のなで肩にかかる果てしない受験勉強、親、先生、周囲から、がんばれがんばれと、逃げるわけにいかないプレッシャー、それでいて、なかなか上がらない数学の成績(笑。その中で、この曲に浸っているときは、暗い中から見上げた高い空を感じさせるような、息を吸わせてくれるような気がするひとときだった。

 そうして、この曲に惚れたわたしは、受験が終わって高専に行けば、この曲を演奏しよう。そう、「楽器をやる」というより、「この曲をやる」と決め、実際にそうした。10代のころはずっとこれが応援ソングの主力だったと思う。その演奏回数はもう覚えていないほどだ。とはいえ、その後、洋楽ヒットチャート真っ只中時代は、確実に私の思春期を彩ってくれたのである。

(つづく)

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