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月別アーカイブ: 8月 2007

ITProの「今こそ問われるプログラミング雑誌の価値」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20070801/278804/

を読んで、なにか引っかかるなあと思ったら、これだ。

SOA(サービス指向アーキテクチャ),SaaSなどはいずれも「できるだけソフトウエアを作らない」「実装を意識しない」方向を目指している。

私はそうは思わない。この記者は「SOAもSaaSも世の中の車輪の再発明を極端に減らすアプローチだ」と理解しているからこういうことを書くのかな。しかし、残念なお知らせだが(w)、基盤のレイヤーが据えられると、世の中はもっとものづくりをしなければならなくなる。

省庁の分離調達の狙いにアプリケーション基盤を標準化すると、よりユーザに利便性が高く、ハコモノベンダーの垂直統合ロックインを受けず、かつ、利用価値の高いアプリケーションの構築が迅速に構築可能なパラダイムを作れるかもしれない、というのがある。

日本ペイントの神原さんがガートナーのサミットで言ってたことも、まんまそんな感じ。アプリ構築側も、ハコと分けられ、相互連携性をミッションとされることで緊張感がでて良いのだ。

つまり、もっともっと、頭を使ったものづくりをしなきゃいけなくなるのだ。

仮にすでにあっても、知恵を出す余地があるなら、躊躇なく作らなければ。イノベーションはレガシーな存在価値より知恵の価値なのよ。

「車輪の再発明」って何かって話はWikipediaの解説で、往々にしてシニカルな意味だよというところも含め、これを参照していただくとして、

はてなキーワードによると、こんなことが書いてあった。

■ Perlにおける「車輪の再発明」の実例

jcode.pl→Jcode.pm→Encode.pm

ああ、これだ・・・。まったくわかっていない。「車輪の再発明」による思考停止が、このキーワードで書かれているところが絶妙だ。

モジュールが外部とのインターフェースを持つことは機能の利便性の観点からとても重要。そのためにアップグレードないしはリメイクされることの意義を度外視してはいけない。

つまり、単機能だけを見れば、一見リファクタリングかもしれないが、インターフェースのインターオペラビリティも含めて機能と考えれば、それを単に「車輪の再発明」なんてどころではない変化が起こるよね。

車輪もタイヤもキャタピラもいっしょくたにしてはみもふたもない。

世の中のSoAやSaaSはプログラミングしない方向だ、なんて発言は、「そろそろ世の中にはなんでもそろっている」という思考から、安直に「みんな、そこそこくっついちゃうんじゃないの?」みたいな思考から出てきてるんじゃないのかね。楽観的だなあ。

でも、いずれにしても、それは「プログラミングしない方向」というのとは違う。

「Googleでできるよロックイン」と私が呼んでいる現象があって、何か作ろうとしたときに、「それってGoogleでできる(あるいは、Googleのサービスにある)」という反応が返ってくるんだよね。これも、ある種の「車輪の再発明」という言葉で思考停止する現象だ。

たとえば、「公開されているPDFを横断的にマークアップ&シェアしたいんだよ」「それってfiletype:pdfってやればいいじゃん」みたいな。

もちろん、存じ上げておりますよ・・・。

そして「車輪の再発明」という言葉も大抵ついてくるんだよな・・・。「それってGoogleでできる」が「その機能が必要とされる人たちに広く使われている」は全く違う。

目的を遂行するのが手段なのであって、ひとつの手段にロックインされて、目的を強く推進するのを怠るなんてナンセンスだ。

ルールが標準化され、それを活用したい人たちによるエントロピーが高くなってくると、その中でのバリエーションが出てきて、あらゆる利害関係者による集中と選択がおこり、最終的には最初定義された「機能」では予想もしなかった便益が創出される。

なんでも指差して「すでにある」というのはカンタンだが、そもそも、それをスタート地点と見るか、ゴールと見るかで人ののびしろは大きく違うんだよね。

A rolling stone gathers no moss.

どうせ回るなら出来合いの車輪よりも、こっちの方向で。

p.s.
コードなにがし、よろしくです。

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