アーカイブ

月別アーカイブ: 6月 2003

自戒を含めて、個人的にコメントをしますと、

会議、討論会の質という意味ではお世辞にもレベルが高いとはいえないものでした。もう、ぐだぐだ感満点。(事例をごちゃごちゃ書きましたがばさっと消しました)

要するに何の問題なのかな。

コンテンツの問題はではないですね。ディスカッションのシードになるような面白いコンテンツはいくらもありました。テーマの問題はあとでとりあげます。基礎知識の問題?そもそもスタンスが違いますから、これが主要な問題とはなりません。むしろそこに大きな問題があると思うのなら、会議の最初に「定義」の議論をやればいいわけですから、必ずしも会議の前提にはなりません。ということは、残るはプロトコルの問題。実に基本的な、低レイヤーの話で、マナーあるいはルールの問題だと思います。

各人がディスカッションの有効性を上げるためには、自分の論点を明確にすることと、参加者、対象者という意味での議場へのリスペクトが前提でなければなりません。もっともわかりやすい表現方法は、論点を引き出す質問(リクエスト)です。伝える目的も当然のことながら、受けとめる、いかに相手の土俵で話を進められるかは、意思伝達の紳士協定です。

質問というリクエストに対し、論点というコンテンツや、さらに意味を明確にするための質問というリクエストがある。必ずしも質問の形式ではなくても、いかに「発展的」なことを提供するかに関心を向けていくことです。

自分の意見を無理やり突っ込む前に、それを話すための導線として、まずなにがしか質問を投げかけ、その回答の是非ではなく、議論の起点とするほうが自浄作用も働くものです。あらゆる事実や意見が連続していく、その要素の連続で、自分を含む全員の認識は新たなステージへと引き上げられる。集まる意味合いというものはそういうプロセスで生まれてくるものだと思います。

ですから、発言はそこでデッドエンドを起こすものではみもふたもない。一方、話をふられたときに挨拶ひとつせずに、笑顔だけでやり過ごしちゃいけません。とりあえず言うことがまとまらないのであれば、せめて挨拶くらいはびしっとお願いしたい。自分のスタンスが他の人から見えるということは、リスペクトしやすくなるということです。それだけでも、よりスムーズな議論に貢献します。

全体としてはどうなのか。

まず、討論の前提を据える部分、また牽引する部分であるところの「テーマ」に問題があることは否めません。あれほど討論会の命題があやふやでは、そのディスカッションというセッションにより、なにを理解、認識しあうのを目標にするのかがスタート時点で見えないのも当然だという部分があります。池田信夫氏はそこに話を戻す努力をしておられたし、村上氏の「思惑3点」に関する発言などは、テーマに関するおいしいネタだったと思います。

このさい、「討論の前提を据えるための討論会」と銘打ち、もっとブレインストーミング的にやるという方法もあったなあと。「このさい交錯するんなら徹底的に交錯し、当事者の意見を好き放題ぶちまけたほうがもっと何か見えたかもしれない。中途半端にリーズナブルだったことが討論会の面白さを減じてしまったかも」とは、討論会後の村上氏との立ち話。前提の部分が弱く始まるのなら、今度はクロージングのプロトコル、つまり結論として課題をどうまとめるかの部分が強くなければならないですけども。

いずれにしても、各人もさることながら、議長さんの仕事っちゃー仕事なんですかね。だとすれば、まずはエリックレイモンドより、田原総一郎、かな。

(add your comments!!)

遅ればせながら、気晴らしに後追い日記を少々。

先々週のお話。「スカパーのフジテレビ721チャンネルで放送される、平井堅のライブを録画したい」というリクエストが発生。そういえば、スカパーのレッドパックだっけか、加入していたっけ。調べると、721chは視聴できる契約。しかし、写らない。このマンションの共同アンテナのおかげで、アンテナなしで全チャンネルのおよそ半分を見ることができる(もちろんチューナーは必要)が、残りは、アンテナのスペックのせいだろう、受信できないのだ。

スカパーのチューナーセットには、外付け用の大きなアンテナが付属している。いや、付属していないパッケージもあるにはあるようだが、販売店は価格を同じかそれ以下にして、事実上、アンテナなしという選択肢を残していなかった。私としては、スカパーをゆっくり見るのはゆっくり休みのあるときくらいだったため、アンテナを立てなければ見ることのできないチャンネルはあきらめていた。しかし、この機会に収納から出してきて、設置してみようと重い腰を上げることになってしまった。

アンテナの梱包を解いて驚いた。アンテナって超軽量。ま、だからどうだということはないんだが。アンテナの偏向補正、取り付け角度などは、誰でもできるようにマニュアライズされていたし、ケーブルの取り付けからアンテナの固定時のミス防止対策まで非常にわかりやすい説明があり、実にあっさりと取り付け完了。この業界、マニュアル嫌いが多いのは、不出来なマニュアルのせいだなとつくづく実感。日本マニュアルコンテストのガイドラインでも見て勉強するか。

チューナーの設定もアンテナにあわせ、無事、契約全チャンネルを見ることができるようになった。すると、なんとこんなにあったのかと思うほど、初めて見るチャンネルが多かった。もちろん、平井堅のライブが放送されるチャンネルもばっちりOK。チューナーの赤外線「マウス」と呼ばれる発光体から、各社ビデオデッキを操作できる仕組みが装備されている。これにより、スカパーチューナーによる、ビデオの予約録画が可能になっている。平井堅のライブが始まる時刻には不在の予定だったので、この機能を利用することができた。

この平井堅のライブ、全国ツアーの最終日の福岡の映像だったが、なんと本当に生中継だったのには録画をみて驚いた。観客がだらだらと入り、あの、ライブの始まる前の、じらされ感もそのままライブ。その部分はかつてないほどだらけた映像だったのだ(笑 しかし、ライブ本番のカメラワーク、バックバンドの演奏風景など、臨場感あふれながら完成度の高い映像を見ることができた。ぶっつけ本番であのクオリティが出せるという、そのチームフォーメーションはすばらしい。(平井堅の歌の音程が不安定な部分があったところもライブの良さだ!と言わせしめてしまうわけで(笑))

デジタル世界と比し、リアルの世界においては、物品のパッケージにしろ、サービスにしろ、本当によくできているなあと感服させられることがあるものだ。ユーザ不在のセオリー、ロジック、企画、技術開発が多い中、そのひとつひとつを云々するつもりはないが、やはりユーザありきのロジックを忘れてはいけないと肝に銘じたい。

なお、同テープは、神戸の某所の室温を何度か、何デシベルかの歓声とともに上げただろうと予想される。

(add your comments!!)

「あのですねー、25日のブレストなんですけど、ケツが21時なんで、スタートなるはやでさくっとというイメージでお願いします。基本的には軽めのシナリオということでアグリーなんですけども、なんというかフレンドリー感はどうなのかなーって、逆に言うと直球勝負ギミな雰囲気満点なんですが、まあそれはそれでなくはないよねという意見もあったりなかったりなんで、とりあえずsさんのほうでちょい数字と方向性のほうもんでもらったほうがイイ雰囲気なのかなと考えてて。

で、m先生しゃべりの、k課長しゃべりの、mz選手とどめさしていただきので、あと諸々含めていい感じのフィードバック投げの、まとめはhさんとkさんマターということでざっくりコンセンサスとるという流れで、あとは流れをみつつなりゆきでuさんyさんはじめ識者さん業者さんあたりから突っ込み入ると思うんで、そのあたり含め最終的には適当に落とし込みという方向でどうでしょう。

もしアレなら、それはそれでぶっちゃけベースのブレストをもう一回セッティングするオファーで仮スケジュールをフィックスしてくださればと。要は極論するとギャラリー含め関係者のモチベーションしだいかな。」

※まるっと架空の「話」(オトナ語訳)です。妄想、ツッコミはご自由にどうぞ。

1101(イトイ).comほぼ日デリ版を受け取っているのだが、スラッシュドットのトピックに「要は、それとなく、さくっと「オトナ語」 」としてとりあげられるまで気が付かなかった。言葉の定義とか用法の解説ってなんにしても面白いねつながりで。

あ、「つながり」とかどうなんだろう。

→ 後日談(2003/6/17):「〜つながり」、採用されました。

→ 後日談(2003/12):本になっちゃいました。しかも初版はものすごい勢いで売り切れです。

→ お買い求めはAmazonか、取り扱い書店で。

紹介するまでもないが、誰が書いたのかということがあまり説明されていないのであえて書くと、「オープンソース」ではおなじみのエリックレイモンド(ESR)による、SCO vs IBMのUNIX関連訴訟についての、ポジションペーパの日本語訳。オープンソース陣営への影響、そして歴史の経緯から見た、裁判の方向性に関する勧告も含まれている。

opensource.jpが何モノなのかが非常にわかりにくいよ、さどっち、とかそういう突っ込みはさておき、ESRの、あのとってもわかりにくい、よく言えばnobleな英語をここまでわかりやすく訳したのは、さすがトップスタジオというところだろう。またOSI-jp(仮にそう呼ぶことにするが)のこの迅速な翻訳タスクへのシフトは高い評価に値する。

さて、ざっと読むに、今後の係争に対するポジションペーパというより、だんだん、もう済んだ出来事に思えてきて、判例を読んでいる気分になったのはわたしだけではあるまい。「UNIXの歴史に関するチュートリアルではない」と書かれているものの、オープンソース開発と発展の大綱をつかむには、へたなクロニクルより、こういう「もめごと」を中心にした体系はわかりやすい。

このドキュメントに対するSCOによる反論文書、あるいはIBMによる追記などが出るともっと面白いのだがね。

IBMについて言えば、日本においてさえ、社内のオープンソース開発関係者には、「オープンソース関係者の刻印(烙印ともいえるかな)」の押印を徹底している。これは結構知られているようでそうでもないのかもしれない。自社の取り組みについて見せるには絶好の機会なので、どのように見せてくるのかも楽しみにしたいものだ。(同様のセパレーションの努力を日立も行なっていると聞いている。)

この問題がどのようなプロセスを経て決着を見るか、そしてその決着として企業としてのSCOがどのような生命維持活動をするのかだけではない。観察者であるところの、さまざまな業態に及ぶオープンソース関連の開発事業を行う主体者、また支援者にどのようなリスクヘッジスタンダードが流布されることになるのか。

観察してわかったことをまとめていくつもりだが、せっかくの機会なので仮説をたててみようと思う。

(add your comments!!)