あっさり1400+365文字まで書けた件

なにこれ、woofer? 英辞郎曰く、「低いうなり声[音]を出す」

そうするとここでは「つぶやく」感じではなく、ぶつぶつと好きなことを延々と言えというわけですね。あまり人として充実した感じはしないが、まあ人の言うことなんて自分にとっては名言だが聴き手にとってはうなってる程度なのかもだね。

このインターフェース、なにが一番のキモかってこの文字数カウンターだよね。Twitterでは、「あと何文字書けるか」を140から減じていく方法で表示させるのに対し、Wooferでは、「あと何文字書かなければならないか」を-1400から加算していく方法でひたすら「0」になるのを目指させる。

で、どれどれ、と書き始めると、なかなか1400文字も行かない。最初はこのページの雰囲気に引っ張られて、普通にtwitterぽく書いていくわけだが、少々長く書いたところで-1241とか書かれていて、

「あはは。おまえ、そんな程度しか文字書けないのかよ。ずいぶん体力落ちたな! twitterなんぞで中途半端に情報メタボになっちまってるんじゃネーノ?(爆」と言われてる感じだ。「そりゃこのインターフェースの狭さのせいじゃないのかよ」と言ってみよう。この時点ではそう思った。

だってさ、私の場合、記事を書く場合はWordやWriteRoom(Mac用執筆ソフト)で書く。パワポでも、A3モードにする。そこには「書くべき内容をじゃんじゃん投げ込める広い面積」を確保し、遠慮無く書く。とにかく好き放題発散してもあとで俯瞰して編集し、自分のタイム感で「語りかけ」をする。広いってすばらしい。つまり、書くべきものにふさわしい広さとタイム感を持った入力先が必要だろう。

なんてのはどうかね。

「インターフェースの面積」 x 「インターフェースが強制するタイム感」=「執筆空間」

twitterは面積が狭い上に、早いスピードを強制するから、それは直感的かつ短命な情報がじゃんじゃん現れるわけだが、なぜかしら執筆エネルギーをそいでしまうため、blogなど長文を書く頻度、あるいは書いたとしてもその量、質すなわちゆとりを持って彩りのある表現を存分に駆使することに元気がでなくなる。

広い面積のRHODIAや、3Mのイーゼルパッドで、ゆったりとした時間をとり、思考のマッピングをする人を何人か知ってる。プチアイデアを落としてしまわないために急いで書くことを怠るわけではないのだが、そういう「ちょっとしたレベル」の情報単位はポストイットやRHODIA#11を使う。Evernoteはそこに位置づけられる。

すなわち、Twitterではその「ちょっとしたレベル」で人とプチ情報の交換ができる、そういうことが起きていると思えるわけなのだが、そこでは連携性のある思考マッピングには向かない。短期記憶に収納するには大きすぎるし、せかせかとした情報フローでは立体的なビジョンを書き落とせないからだ。

ここに大きな思考表現の機会損失があることは明白だ。

どうすればいいか。少なくとも、利用のシチュエーションごとにばさっと切り替えるとか。いわゆるパソコンのキーボードを使うときは、ばっさりtwitterに書かないとか。思考マッピングできる「広い面積」の出番を減じないようにし、自分のはけ口に安易にtwitterを使わないことにする。ケータイやスマートフォンはいいとしよう。老若男女とせいぜい仲良くtweetしよう。

次に、twitterでは「タイム感」を落とす。これはfollowerを減らすか、スルー力をつけるしかない。follow数が劇的に少ない人に面白い発言者が多い気がする。要するに「タイム感」を強制されていないからかもよ。

1400文字書くのも、やってみると乗ってきますな。途中で息切れしつつも、乗ってくるとこの狭いインターフェースでも結構書けてしまう。楽々1400文字をクリア。インターフェースが狭くても、タイム感がゆるやかだからかもしれない。でも、ここまでで15分もたっていない。

あら・・・。

まずい。

連載の4000文字がなぜさらっと〆切までに書けないのかと編集長Fさんに怒られてしまうではないか。

+365文字となったよ。
良いお年を。

# 本投稿は、wooferで書いたものをコピペしたものです。

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