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「ミシュランガイド東京」がバカ売れだそうだ。何件も本屋を周る人たちが続出。専門家によるオピニオンの典型で、群衆による選択の機能とは遠いところにあり、むしろ群集心理の機能によって話題になっている。梅田さんの力作「ウェブ時代をゆく」と近いタイミングでこれが来たのもこれまた妙を感じる。

買い手の欲求とこのガイドの機能を考えるに、それはアブラハム・マズローの欲求段階説の3段階目あるいは4段階目に対する期待を含んだものだろう。その源泉は主に話題性にあって、それらしい専門家の観点(スコープ)を垣間見れる期待、そして「プロの視点」を「マスの話題」に持ってこれる期待だ。自分にすでにオピニオンや情報源が十分あるかどうかは関係ない。

極論すれば、何件も本屋をまわってミシュランガイドを買う心理的欲求と、クリスピークリームドーナツを2時間かけて並んで買う心理的欲求は同じだ。

ここで問題は、提供者の違いだ。ミシュランガイドは実際の提供者ではなく、ポインターの一覧だというところで、それがもたらすサービス業界そのものへの影響がある。クリスピークリームドーナツは薄利多売式のマス向けサービスを前提としているが、ミシュランガイドが示すプレミアムなサービスはそうではない。ガイドに掲載されてしまった店すなわち、専門家が認めた、”チェケラ”なサービスが掲載されており、それに導かれて大衆が電話をかけ、押し寄せていく。

プレミアムなサービスを提供する店というのは、プレミアムであるゆえに、対象はきわめて限定的なのだ。客が店を選んでいるのではない。店が客を選んでいるのだから。

だから、掲載のみならず調査さえ拒否した店も多いと聞くのは驚くに値しない。ミシュランガイドに掲載された「優秀」な店は、これまでの「優秀」な客を失いかねない。掲載される店に、果敢にもあえて拡散性の高い人たちの評価を受ける狙いがあるとしても、評価の集約方法がないためにそれは機能しない。

リスクのほうが大きい場合、ガイドによってマスが殺到するのをいやがる店は、かようなマス・アピールにつながる活動を一層拒絶するようになる。そのような店は、マス・マーケティング以外の方法で粛々とぴったりの客を得続けられる。だから、「本当にプレミアムな店はミシュランガイドには載らない」という流れだ。皮肉なことに、この新しいミシュランガイドの出現が、ガイドそのもの存在を明確に脅かす流れを加速させることになりはしまいか?

これぞ、「イノベーションのジレンマ」ならぬ「ミシュランガイドのジレンマ」だ。

タイヤも大して擦り減らない、駐車場も潤沢にない、この狭い東京に限定したミシュランガイドは矛盾を抱えてスタートだ。

どうするんだろう?

ガイドそのものの評価を日本で永続的に維持すべく、これまで☆を受け入れた店に☆を増減して提供し続けるとか、「発掘力」で戦って新たな話題づくりに奔走するとかはそれなりにウケルとしても、それではサービス業者は劇場の見世物にされているだけ。それでもって、「ミシュランガイドすげー」ってマスマーケティングをやるなんて笑えない話だ。

わかりやすい手立てのひとつはとても単純で、はっきり言えば、もともと特定顧客向けに限定して発行された歴史のあるミシュランガイドは、やはり大衆の関心を引かないところでこそ価値を維持しやすいのだ。

外国人旅行者に不親切な現在の日本の環境では、英語版ペーパーバックが出版される意義は日本語版のそれとは大きく異なっていると思われる。日本語を話せない客はお断りという骨太の寿司屋が掲載されているのも、むしろ親切だ。次号から英語版しか出さないということでどうだろう。

いや、まてよ、、、

ミシュランガイド東京の隠された意図(hidden intention)は、話題性を増せば増すほど、逆に掲載されないもっと多くのプレミアムサービスが守られるということなのか?!

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Guy Kawasakiの最近のblogで、「これからのネットサービスでこういうのはもうやめてくれトップ14」(超訳)を示した記事に使われていた言葉。(cf. popxpopの記事)

I have 7,703 email addresses in Entourage. I am not going to re-type them into the piece-of-shiitake, done-as-an-afterthought address book that companies build into their products.

shiitake? この使われ方からすれば、どちらかというとネガティブな雰囲気だ。Wikipediaには「比喩」で使われるケースの解説はなかった。Googleで”shiitake”を検索し、お料理レシピ関連を除いてみると、ごく少数だけど、ちらほら見つかった。「これこれこういうのって超ダサい。shiitake.」みたいに、なんとなく今回の使い方と共通項があるようだ。

早速、Guy Kawasakiにメールして意味を尋ねたら、出張中だとかで秘書の方から代理で返信が来て、そのわりには一通りディスカッションを楽しんだ。日本人だから椎茸が「a kind of mashroom」だとかは知ってるよね、なんとか話しているうちにようやくわかってきた。たとえばこういう使い方でいい?

When I enjoy some web-sites, I suddenly face the crash of Windows Internet Explorer. I can say “How sad this shiitake browser is…”, instead of saying loudly “s**t browser bozo-made!!” or like this. Right?

You got it!だそうだ(笑

椎茸をあしざまに言うとはけしからんのだが、要は、a way of swearing without swearingすなわち「ネガティブ」な印象を露骨な表現を回避してやんわり言う、ダジャレスラングなんだね。

人も物もソリューションも新製品もblogも、、、見かけたときは、いかにもジェントルにどうぞ。
Wow, an amount of shiitake.

うへぇ、他人事じゃないや。

朝っぱらから、ash.氏と「IT飽きたって言ってたんだよ」なんて話をメッセージでやりとり。

ITアーキテクト業がだんだん面白くなくなるのはなぜだろう。

ひとつには、「おれってもしかして天才?」と思える、「あの」瞬間を感じる頻度が減っていくからではないかな。上流工程のマネージメントにいけばいくほど、つまり、いわゆるシステム構造設計、あるいはプロジェクトマネージメントという職種では、あの感覚を得にくくなる。一般化してゆき、月並みになってゆき、その上、out-of-control マターが多すぎる割りに、成果もツマラナイのだ。ある程度儲かりはするが、ツマラナイ何か・・・。

そう、あれだ。

構造設計といえば、今話題の某建築士の事件を指差して非難できるITアーキテクトってそれほど多くないぞ。彼は、ちゃんとやる方法とコストもわかった上で、外圧で鉄筋を抜いた。もちろん不正は不正だが。一方、ITの世界だとそれが「不正」とも定義されていないから、ちゃんとやる方法さえわかっていなくても、現時点でつぶれてなければさらしものにされない。「工法が安定すればITの世界でもそうなっていく」との意見もあるが(紀氏)。

要はそれがないのをいいことに、外圧だろうが無知の設計だろうがITの世界はなんでもアリで、鉄筋を抜いてあるどころか存在すらしない設計が普通にまかりとおってしまう。でもって、「震度5強」のような、過負荷がかかって出た不具合を、サーバ、ディスクの「寿命」なんて呪文をとなえてさらに高額のリプレースを正当化し、投資をさらにひっぱる・・・。

ニコラス・G・カー著 DOES IT MATTER?(「ITにお金を使うのはもうおやめなさい」)という本は、HBRで、”IT Doesn’t Matter.”という論文として掲載されたものがベースになっている書籍だ。うまいタイトルだ。ITは役に立たない、というそもそも論を展開するものでも、情報そのものや使う人自身の有効性を否定しているものでもない。むしろ、多くの局面において、思い切って「金食い虫」のIT投資をやめてみろという。

ITの世界で喜びを見出そうとする人にとって、これは必ずしもマイナスにはならない。持ち家のメンテナンスが建替えに終始しないのと同様、ITの世界でも「ビフォー・アフター」はありえる。きちんとした設計とそうでないものはやがてはっきりする。今あるものを活用、改善することが不可欠になるからだ。設計だろうと、実装コーディングだろうと、きちんと作れる、直せるみたいな、その種の「快感」がよみがえってくる現場が増える可能性がある、匠の世界。そこがオープンソースの真骨頂かもしれないと思いきや・・・。

>「だからいま binary 2.0 なんですよ。」(ukai氏)

はっ、そうくるかー。(@_@; ソースコードのハックに飽き足らず・・・。
確かに、under control領域が拡がると、快感も増すものだよね。うむうむ、と、うなずきつつ、一週間続いている偏頭痛をlivepatchできないものかと薬局へ・・・。

「IT関連の人材」が何かをあえて定義しないにしても、そう呼べる人材が不足しているという感覚は多くの人が持っているようだ。「デキル人いないですかね」「凄腕の人ってどうやって育てるんですか」。あるいは「IT人材の育成ってどうしたらいいですかね」「オープンソースソフトウエア書けるプログラマってどうやって育てるんですかね」と。意見を聞いてくださる方がいることはありがたいが、さてどうしたものだろう。

人材教育?

IT人材育成会社、教育機関は、IT業界で働きたいものの経験がない人間を集め、高額な授業料と引き換えに数年授業を受けさせ、「資格」というシールをペタっと張って人材を「作り」、世に送り出してきた。ところがどうだろう。かつての飛ぶ鳥を落とす勢いも、いまや見る影もない。教材も教師もスタッフもすっかり古びてしまい、卒業生の評判と同期して就職率が激減。特別な成果もミラクルも期待できないため、いまや非常にお寒い位置にいる。

需要の問題?

最近、電車の吊り広告のトピックに、SE、プログラマなどの大失業時代を危惧するものが目に付くようになった。「転職してはいけない。今、あなたはたぶんもらいすぎている」と。なかなか良心的なメッセージだ。雇用促進している会社は、外向けには「不足」といいながら内向きでは「飽和」と言っている。この構造をある程度理解しなければならない。

たとえば、収益を上げている会社がM&Aによる事業拡大というわかりやすい方法をとってくると、拡散の時代から収束の時代への遷移は加速する。そこでは組織の再構築が行われ、バッティングするレイヤーが整理される。もちろん、組織が最適化されると事業は拡大するのでハッピーなわけだ。

そこに「大失業時代」があるとすると、「必要不可欠」ではないレイヤーにもっとも大きな影響があることになる。これまではなんとか仕事のあったのだが、専門性があるわけでもなく、特別伸びるわけでもない、教育会社か企業に「作られた」人材。そのような人たちは「整理」を宣告されると、なぜ自分がそんな目に遭わなきゃいけないのか、さっぱりわからない。また、新たな「シール」を求めて行動する。そして自分を「作ってもらえる」ところを求める。(その新しい「シール」は、「社長」だったりする場合もある)

コミュニケーションスキル?

そんな状況の中、「コミュニケーションスキル」という、IT関連の知識とは関係ないことを教える人たちが現れた。「コーチング」「プレゼンテーションスキル」とかそういうものもこの類だ。IT業界にまともに日本語を話せる人が少なすぎるのは事実なのでありがたい部分もあるが、そうかと言って技術者が修練を怠りつつ口八丁、というのは問題だ。これらは中身あってこそ意味があるものなので、中身の詰まった人間を生産する手段ではない。

突っ込まれるとさっぱりわからない言葉を、さもわかったようにあやつるプレゼンテイターって増えているが、名刺をもらうと「シニアSE」とか書いていたりするから失笑モノだ。言葉遊びで煙に巻くとお金が出てくるほど、ユーザ企業は無知ではなくなってきている。

資格?

「スキルを身につける」という言葉に摩り替えて、ぱっと見てわかる差別化、競争力をわかりやすく身に着けることにエスカレートする。わかりやすい解決策としてもたらされたのが「プロフェッショナル資格」。日本にどれくらいあるんだろう、昔から結構資格マニアっているよね。

しかし、他の業界の「資格」は「免許」の意味合いがあることが多いのに対し、IT業界はそうではない。これを競争力確保という観点では何ももたらさない、むしろ消費者の貯金を食いつぶすだけのものになっていることに早いところ気がつかなければならない。

「試験」にいいところがあるとすると、未知の、特定のテーマに関して十分に勉強する際の習熟チェックに使うという部分だろう。資格試験は、勉強意欲の里程標になってくれるかもしれない。TESTはTESTであってそれ以上でもそれ以下でもない。IT資格、Ph.D、MBA、あるいはどんな資格をとることを目標にしていても、それそのものは自分をその道のプロフェッショナルにしてくれるわけではない。

ある賢い人が言ったんだそうだ。

「資格とかけて足の裏の米粒ととく。

 取るまでは気になってしょうがないが、取っても食えない。」

はっきり言えば私はプロフェッショナル人材を「作る」方法を知らない。もちろん、これまで学校や先生と呼べる人たちから学んでこなかったというわけではない。結局彼らから私が得たものを説明するとすれば、学んだ内容というより、「学び方」ではないかと思う。そこでは自分を習熟者、プロフェッショナルとして「作ってもらう」ことは完結しない。

自分が「そうなる」と決めて前進している人同士が、相互になにがしかの刺激を与えあうのが、成長できるプロフェッショナルコミュニティの姿だと思う。

“As iron sharpens iron, so one man sharpens another. ”

– Proverbs 27:17

話の妙味、雑学といえば、「トリビアの泉」って番組で「へぇ〜」なんて話題を提供してくれていますね。でも、話は大して続かないし、爆笑を招けても、一発モノで終わってしまうかもしれません。面白いけど、会話を楽しむにはちょっと力不足のような気がします。

昔々、先人の知恵ということで、楽しい会話へのOpen Sesami(開けゴマ)を教えてもらったことがあります。営業バリバリ・接客のプロなら、もう焼きつきすぎてあたりまえのことでしょうが、IT業界の奥深くにいると、会話を楽しむことそのものでさえできない(する必要も感じない)人は少なくないかもしれません。

1.「裏木戸に立てかけさせし衣食住(ウラキドニタテカケサセシ)」

これは、営業職の神器的キーワードですね。ただし、ビジネスミーティング開始時に使えるものは非常に少なく、むしろ飲みや食事の席で、お客様にひとしきりしゃべってもらったあとに使うという感じ。

(裏)裏話/(キ)気候、季節/(ド)道楽/(ニ)ニュース/(タ)旅

(テ)天気/(カ)家族、家庭/(ケ)健康、景気/(サ)サラリー、酒

(セ)セクシャル/(シ)趣味、仕事/衣食住。

2.「適度に整理すべし(テキドニセイリスベシ)」

これは、水商売のホステスさんの心得だそうで、もう少しシンプルで、かつ話し込める話題がよく埋まっています。

(テ)テレビ/(キ)気候/(ド)道楽/(ニ)ニュース/(セ)生活、セクシャル

(イ)いなか/(リ)旅行/(ス)スポーツ、スター、スキャンダル

(ベ)勉強/(シ)仕事

まあ、お酒の席で当り障りのない話題ってのはこういうことだということでしょうね。しかし、注意も必要。特に、セクシャルな話題は地雷だらけです。それだけに、話しやすい話題の中での、ちょっとしたサプライズが欲しいところ。これが会話を面白くするポイントというところなのでしょう。

それにしても、まだまだ「ツカミ」とか「小ネタ」とかありますよね。また、業界ごとの盛り上がるキーワードもあることでしょう。ここはひとつ、会社、お店、個人でオリジナルを開発してみませんか。

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あなたが、ホテルの宴会主任からある相談を持ちかけられるとします。そのホテルの営業部の新しい習慣として、毎朝700人の営業部朝食会の席で、大きなグラスで絞りたてのオレンジジュースで乾杯することになった。どうしよう?、と。ここで、あなたは 「できません」「他に方法はないんですか」「ごまかしてしまえ」などという答え以外の答えを出さなければなりません。どうすれば良いでしょうか。

非常に難しい問題の解決方法をあきらめさせる思考の中には、相手から得ていない、こちらが勝手に推測した情報を基盤としてしまっていることに気づくことがあります。上記の例だと、もし、早朝に大量のオレンジを絞らせることだって、一人1000ドル払うつもりで集めれば、集まらなくもないだろう、というようなアイデアは、まだ尋ねてもいないのに締め出されているのです。予断することなく、「No」ではなく「YES, But…」とディスカッションを進めていける必要があります。「できますよ。で、それにはこれだけかかります。」と答えをだすのです。

ジェラルド・M・ワインバーグによると、これを「オレンジジューステスト」といいます。

一例にすぎませんが、こういうケーススタディでコンサルタントとしての気質や考え方を教えてくれるのが「ジェラルド・M・ワインバーグ」、この人の著作です。実にたくさんの書籍が発行されているのですが、この人の本を読んで感じたことや発見したことを交換できるMLをつくってみました。よろしければ、この機会にどうぞ。

ワインバーグ読書会「ワインバーガーズ」ML

(add your comments!!)

p.s. ワインバーグさんからメッセージをもらいました!(2004/4)

p.s. yomoyomoさんの書評からリンクをいただいている模様です。(2004/8)

http://blogs.dion.ne.jp/yamdas/archives/33597.html より:

> 「よい手順を使ったからといって、何も見落とさないという保証はない」

>のところで考えるのを止め、 たかを括って後悔することが多いのだ。

ほんとそうですね。特に技術屋さんは、論理や根拠なく賛成できないときに、そういう言い方をする人が多いですね;-)

「あのですねー、25日のブレストなんですけど、ケツが21時なんで、スタートなるはやでさくっとというイメージでお願いします。基本的には軽めのシナリオということでアグリーなんですけども、なんというかフレンドリー感はどうなのかなーって、逆に言うと直球勝負ギミな雰囲気満点なんですが、まあそれはそれでなくはないよねという意見もあったりなかったりなんで、とりあえずsさんのほうでちょい数字と方向性のほうもんでもらったほうがイイ雰囲気なのかなと考えてて。

で、m先生しゃべりの、k課長しゃべりの、mz選手とどめさしていただきので、あと諸々含めていい感じのフィードバック投げの、まとめはhさんとkさんマターということでざっくりコンセンサスとるという流れで、あとは流れをみつつなりゆきでuさんyさんはじめ識者さん業者さんあたりから突っ込み入ると思うんで、そのあたり含め最終的には適当に落とし込みという方向でどうでしょう。

もしアレなら、それはそれでぶっちゃけベースのブレストをもう一回セッティングするオファーで仮スケジュールをフィックスしてくださればと。要は極論するとギャラリー含め関係者のモチベーションしだいかな。」

※まるっと架空の「話」(オトナ語訳)です。妄想、ツッコミはご自由にどうぞ。

1101(イトイ).comほぼ日デリ版を受け取っているのだが、スラッシュドットのトピックに「要は、それとなく、さくっと「オトナ語」 」としてとりあげられるまで気が付かなかった。言葉の定義とか用法の解説ってなんにしても面白いねつながりで。

あ、「つながり」とかどうなんだろう。

→ 後日談(2003/6/17):「〜つながり」、採用されました。

→ 後日談(2003/12):本になっちゃいました。しかも初版はものすごい勢いで売り切れです。

→ お買い求めはAmazonか、取り扱い書店で。