プライベートなコンティンジェンシープラン

セキュリティドキュメントがでたとかで、トピックに上がっていたが、話題が意外にシリアスなせいか、コメントがつかないギミだった。んで、ひさびさにコメントを書いた。とりあえずご好評いただいているようでなにより。コンティンジェンシープランニングを具体的なサービスにすることに最近関心を高めているので、その部分は今、結構明るい。

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事業継続のためのリスクヘッジとか社内リソースの潜在能力の発見などに関心のある従業員5人以上100人未満の企業の役員がおられたらぜひお声を。安くで顧問します。

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しかし、なにを隠そう、私のプライベートのほうのコンティンジェンシープランは実に甘いかもだ。すっかり無防備に近い。なんで、想定外の被害を受けるとダメージがでかい(苦笑 なにか起きたらそれを効果的に修正するコントロールをしなければならないというのがその本質なのだがな。来る者選び、去るもの追わずな私としては、たとえば広い意味で身内からあえて離れたり、少なくとも表面的には私を裏切る方向で進むことを決定した人間へは、その人の自由を尊重するというのがせめてものはなむけだと思っている。1,2例くらいしか覚えていないしね。正直、老若男女、役職の上下を問わず、親しくさせていただいている方々は個性的でも人格者は多く、恵まれていると思う。ありがとう、周囲の皆さん。根本的に気立て良く、勤勉で、しかも信頼できる底力のある人だというのが共通点だ。

<!–向上心満点の愛すべきのろのろクンも若干名いるが、根本的には勤勉でありたいようである(w –> 

だから、はじめっからわたしの方が未熟だという前提か、あるいはよくもわるくも私がどういう人間かを信頼してくれて始まる人間関係が多く、それゆえに破綻も少ない(笑) まあ、おごちゃんの言葉を借りれば、だまされたように見えても最後までだまされていないのではないかと思うほうがポジティブだし、幸せだというものだ。しかしこういう人間関係の構築からずいぶん公私ともに良いことのほうがはるかに多いし、ありえない飛躍も多い。だから人間関係においてコンティンジェンシープランを策定しなければならないケースがそんなに多くないというのも、いわゆるプライベート部分は無防備だという原因なのかもしれない。要はリスクの発生確率が低いということになるかな。

しかし、他人のこととなるとちょっと違うんだな。なんでもかんでも自分が助けに行かないといけないと思っているわけではないし、そもそも自立していることが前提だから、「自力」への信頼みたいなものはあるんだけどね。しかし時には大切な方々の家族に想定外の困難があることもあるし、本人に心臓病をわずらって発作を起こしたりなんぞあると、自力ではどうしようもないこともあった。それはその人の命ないしは生きていく基盤の「継続性」が危険にさらされていることになる。そもそもコンティンジェンシープランのたてようがない、あるいは考えようもなかった場合に、それら愛すべき「民間人」は意識していようがいまいが、友の助けを必要としている。ここから羽田までは近いぜ、いつだって駆けつけるさ。

で、結局、オチは?….困った…そうだ、ここはひとつ関西の猛者haijin殿にみならって締めるとしよう。

教訓:人間関係にオチや戦略などなくてもいいのだ。

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